新日本プロレスワールド【NJPW今日は何の日】1978年12月16日:地味すぎる?猪木VSマツダのプレ日本選手権!

こんにちは。野良プロレスコラムニストのアツコアツオです。

金曜日は闘いのワンダーランド!

毎週金曜日にお届けする『NJPW今日は何の日』のコーナーです。

新日本プロレスワールドのアーカイブにある過去の試合から、アツコアツオが独断と偏見で選んだ1試合をご紹介したいと思います!

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12月16日は何の日?

今回は1978年12月16日、蔵前国技館で行われたこの試合をテーマに考えてみることにしましょう!

プレ日本選手権?

ヒロ・マツダ?

最近のプロレスファンになじみのない大会や選手だと思いますし、プロレスファン歴23年の私もノーチェックな試合でした。

こうした過去のアーカイブ試合を気軽に見ることができるのも、新日本プロレスワールドの魅力ですよね。

どんな試合だったのか、振り返っていきましょう。

日本の虎 ヒロ・マツダ

今回紹介する試合、アントニオ猪木の対戦相手はヒロ・マツダですが、オールドファンかよほどのマニアじゃないと「あ~ヒロ・マツダね!」とはならないのではないでしょうか?

かといって誰やねん系のレスラーでは決してなく、アメリカで成功を収めた日本人レスラーの代表格として知られています。

1957年に日本プロレスでデビュー。退団後はメキシコ、アメリカなどを転戦。テーズの世界王座に挑戦するなど活躍した。78年に新日本に参戦、プレ日本選手権では上田、マサらと狼軍団を結成。引退後はコーチとして名を馳せた。

新日本プロレス40年史より引用

日本プロレスの後ろ盾なしにルー・テーズの世界王座(NWAかな?)にも挑戦したということは、アメリカ現地で相当実力を認められ信頼を得ていたことが窺えますね。そしてWWEの殿堂入りも果たしているようですから、我々日本人以上にアメリカマット界では名の知れた日本人レスラーだったのでしょう。

また、ウィキペディアによると、海外で転戦しながらも国際プロレスの旗揚げに参加したり、またアメリカに戻ったり、さらには全日本プロレスにも参戦したりと、流浪のプロレスジプシーキャリアを歩んでいたようです。

そして、ついに新日本プロレスに参戦し、アントニオ猪木に対峙することになったのです。

プレ日本選手権

プレ日本選手権とは、新日本プロレスが開催したリーグ戦の名称です。<日本で一番誰が強いか決定戦>ということなんでしょうけど、全日本プロレスや国際プロレスのレスラーが参加していないから、日本選手権の前の選手権なので、前哨戦という意味で”プレ”という単語をつけたのかもしれません。

新日本プロレスの選手や、マツダや上田馬之助などフリーの大物が参戦したプレ日本選手権の裏で、対抗意識に燃えた国際プロレスに全日本プロレスが協力し、日本リーグ争覇戦なる大会を開催します。新日本プロレスと全日本プロレスがバチバチに意識しあう冷戦状態にあったことがよくわかる時代背景でしょう。

そもそも、新日本プロレスと全日本プロレス(国際プロレスを含めても)で、<日本で誰が一番強いか決定戦>なんて企画できるわけはないんですよね。特に、強さを前面に押し出すプロレススタイルが得意な新日本プロレスサイドは、全日本プロレスはより俺たちの方が強い!という意識が根強くあったと想像されますし、日本選手権という体裁にこだわったのもよくわかります。

一方、全日本プロレスはアメリカの有力外国人が来日し、豪華で華やかなプロレスを展開していたわけですから、まだ本格的な日本人対決へ踏み切る以前の全日本プロレスでは、経営方針がまったく違うプロレス団体同士であった、といえるでしょう。

そんなわけで、新日本プロレス+フリー選手が参戦するプレ日本選手権と、国際プロレスに協力する全日本プロレスが参戦する日本リーグ争覇戦の興行戦争のさなか、アントニオ猪木VSヒロ・マツダが実現することになりました。

試合展開

猪木は闘魂の文字が入った大蛇が描かれたガウンで登場。対するマツダは白いガウンに身を包み、七三分けでびしっと髪型が決まっています。狼軍団のマサ・サイトーや上田馬之助、サンダー杉山らがセコンドについています。

マツダはサポーターはもとよりリングシューズも履いていません。かつて、西村修がマツダを師事した際に、裸足で戦っていたのを思い出しましたね(今のファンには西村修もピンとこないかも)。マツダは「ナイスですねえ」の村西とおる風です。脂っぽい暑苦しいオッサン風(スミマセン)。

キャッチレスリングの攻防

試合は手四つからグラウンドの地味な攻防が続きます。派手さはないものの、やはり両名ともカール・ゴッチ直伝の技術がありますから、バックの取り合い・腕の取り合いは見ごたえがあります。アドリブの中で両者がグラウンド技術で勝負するような展開が続いた後、少しずつ猪木の打撃やラフ殺法がヒットし始めます。

猪木は腕ひしぎから、珍しくミドルキックを繰り出してマツダの腕へ集中攻撃。マツダのやられっぷりと表情が素晴らしいし、徹底的に腕を攻められてダメージを負った腕の見せ方もとても上手い。さらに猪木は、ショルダーアームブリーカーでどんどんマツダの腕を攻めていく。ここでもマツダの「痛い」表情が最高!。

猪木は正統派レスラーマツダの動きをみて、あえてヒール役になりヒートを買っていっている様子。猪木が攻める展開のなかでも、マツダはスピニングトーホールドや足四の字固めで攻め立て、猪木より先にコブラツイストを繰り出しては、かなりエグイ角度で締めあげていく!また、ダウンした猪井にはバナナスプレッド(グランドコブラとSTFを混ぜたような締め技)を仕掛けます。バナナスプレッドなんかファイプロでしか見たことなかったぜ!

場外での乱戦から、猪木がマツダをコーナーに振り、カウンターで繰り出した卍固めがガッチリ決まって、マツダがたまらずギブアップ!

アントニオ猪木がプレ日本選手権優勝となりました。

真の日本選手権は?

この試合前、先の日本リーグ争覇戦の覇者であるラッシャー木村が来場していて、この猪木VSマツダの勝者と戦うという流れでしたが、猪木とラッシャー木村の対戦は、例の1981年10月「こんばんわ事件」まで待たなければなりませんでした。

編集:週刊プロレス
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