ダメなやつはダメだな~な青春大河小説の第二章!書評『グミ・チョコレート・パイン チョコ編』大槻ケンヂ著

今回はロックミュージシャンである大槻ケンヂ氏が1995年に発表した青春小説『グミ・チョコレート・パイン』チョコ編を紹介します!(2000年に文庫化)

チョコ編はグミ編の続きなので、ぜひグミ編の書評を先にお読み下さい!

グミ編に引き続き、表紙は漫画家江口寿史が担当。かなり大人っぽい美甘子です。

大槻ケンヂ氏の半自伝的大河小説で、グミ編・チョコ編・パイン編の3編からなる長編小説。グミ編は長編全体を起承転結をでみると<起>の部分でしたが、チョコ編ではそれを受ける<承>の部分という印象です。

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『グミ・チョコレート・パイン』チョコ編

前回までのあらすじ

主人公・大橋賢三はマニアックな映画やロックが好きなキングオブオナニスト「自分には他人とは違った何かがある」とクラスメイトたちを「くだらない俗物」とカテゴライズして学校生活を送っていた。賢三と同様に学校内ヒエラルキーが低いタクオやカワボンも、それぞれが自分の置かれている立場や境遇を意識して「何かやらねばならない」と、毎日のようにつるんでは語り合っていた。

そんな時、賢三が憧れる山口美甘子が、自分と”同類”であることが判明し意気投合する。美甘子も賢三同様に映画や難しい本が好きで、クラスの輪に溶け込みながらも、クラスメイトのくだらない人たちとそれなりに合わせているのだった。二人は名画座のオールナイトを観に行くことになり、互いに理解を深めていく。

賢三・タクオ・カワボンの3人は、すげーハードなノイズバンドを組むために音楽雑誌でバンドメンバーを募集したところ、なんとポルノ映画館で出会ったじーさんが応募してきた。孫とバンドを組んでやってくれと懇願され、当人はたまたま同じ高校に通う学生だった。その山之上もまた、賢三たちと同様にヒトクセある学生で、他者を拒絶し自分の殻に閉じこもる引きこもり気味の少年であった。

紆余曲折あり、ついに4人はバンドを結成することになる。決起集会の最中、偶然手に取った青年誌には、健康的で大柄なヌードグラビアが掲載されていた。「山口美甘子、巨匠映画監督作品で鮮烈デビュー」という文字とともに、異次元の世界に高跳びしてしまった美甘子の裸体が誌面を飾っていた。

本書『チョコ編』のあらすじ※ネタバレ注意

異世界に旅立つ美甘子、追う賢三

冒頭、例の青年誌が発売されてから初の登校日。美甘子がいない教室では、クラスの男女がヌードグラビアのことで話題騒然でした。そりゃそうだ、同級生の裸なんだから。しかも、芸能界デビューというんだから。性の対象として見る男子もいれば、遠い世界に行ってしまった友達に、憧れや嫉妬など複雑な感情を抱く女子もいました。

その教室に美甘子がやってきますが、校風にふさわしくないと退学になってしまったといい、美甘子もクラスメイトも、裸・芸能人・退学…いろんな出来事や感情が同時に押し寄せてきて、なんと声を掛け合ったらよいかわからない。教室を去っていく美甘子を前に、ただ思考停止の賢三。美甘子はついに教室から去ってしまった。賢三は空想と妄想を重ねた末、激情に突き動かされ、美甘子の乗ったバスをババチャリで追いかけます

美甘子への告白

ついに美甘子と追いつき、歩きながらではありますが二人だけの時間がやってきます。「前から思ってたんだけどさ、大橋君さ、何かあたしに言いたいことあるんじゃない?」

来た!女子から男子への究極の質問!のるかそるかの運命の分かれ道。賢三は「君が好きだ」「君はオレをどう思っているんだ」「いつか君を追い越してやる」の3つの返答を考えたのち、美甘子をライバルとした「いつか君を追い越してやる」パターンで返事をするのでした。おい賢三、それじゃないだろう…という読者のツッコミをよそに、美甘子は「ふ~ん」と生返事をし、映画撮影のため賢三の前からも去っていきました。

美甘子17歳の激動

美甘子は主演映画の撮影に臨みます。癖のある映画監督と撮影スタッフ、母親のようにリードしてくれるメイク担当、そして恋人役である、ジョニーズ事務所のアイドルタレント・羽村一政。”沢木耕太郎も知らない”馬鹿で単純な羽村に対して、美甘子は嫌悪感を抱いていましたが、撮影を通して純粋なほど一直線な羽村に特別な感情を持つようになります。ひと夏の経験というには多すぎるほどの出来事や環境の変化に、あの日自転車で追いかけてきてた同じ趣味を持つ男のことを「よく覚えてない」というほどの日々を送っていました。

キャプテン・マンテル・ノーリターン

賢三たちのバンド「キャプテン・マンテル・ノー・リターン」は、ビデオで見たノイズバンド『自分BOX』のライブを生で目撃し、さらに音楽という自己表現への思いを募らせます。バンドの練習スタジオで知り合ったバンドマン・ケロからの誘いで自らが主宰するGIGに招待され、ついには何もできやしないのに次回GIGの参加が決定してしまいます。予定外に迫ってきたライブデビューを前に、賢三たちはそれぞれ自分ができることから役割分担を決め、ギター・リズムボックス・作詞と宿題にしスタジオに集合することになりました。

審判の時

スタジオ練習の日。それは「自分は人には違う何かがある」と虚勢を張っていた彼らが、本当に自分には何か才能があるのか、メンバーの面前にさらけ出される発表会でもありました。「由美かおるでオナニーができるか?!」など無駄話で互いにけん制し合い、ついに順番に準備の成果を発表することになります。カワボンはギター、タクオはテクノダンスビートの録音テープ、そして賢三と山之上は作詞を持参しました。

山之上の作詞は、おどろおどろしくも精神異常な妄想暴走的な表現で、全員が息を飲みます。3人はセッションーとはいっても各自持ち寄ったものをガガチャガチャと合わせただけでしたが、その音こそが、彼らの内なるドロドロした感情の表現でもあったのです。賢三は山之上の作詞に圧倒的な敗北を感じ、ついには詞ができていないと嘘をつき、発表から逃げてしまうのです。

美甘子と羽村の逢瀬

時を同じくして、美甘子は羽村の部屋へ三毛猫ホームズを借りる、という名目で訪れていました。馬鹿で単純な羽村の純粋さに惹かれていき、不意に唇が触れたことをきっかけに、難しい本や映画の知識などよりも、目の前の異性と唇を重ねることの方が重要だと感じ、とろけるように体を重ねていきました。

ついに美甘子で”いたす”

賢三は、発表会でうまく自己表現ができなかったどうしようもない自分の無力さに、「誰かに笑われている」という自己嫌悪に陥ってしまいます。再度作詞に向かった机上で、それでも何も浮かばなかった賢三は、いつの日か校内ブルマー窃盗犯山之上からくすねた、「M.YAMAGUCHI」と名札が付いたブルマーを握りしめ、ポコチンを握りしめるのでした。

チョコ編の展開

「ポコチンを握りしめてチョコ編は終了」することは、作者は意図的であるとあとがきで語っていますが、それにしても賢三においてはダメダメなままチョコ編が終了してしまいました。頑張ったらできる、諦めなければ夢は叶う、といったおとぎ話の類を真っ向から否定する「ダメなやつはやっぱダメ!」なエンディング。最終章であるパイン編完成まで約8年の歳月がかかりますので、賢三少年はポコチンを8年間握りしめたまま、ということになりますね。

それにしても、男子の成長に比べて女子の成長は早いですね。男子がモゴモゴやっている間に、飛び級的に違う世界へ飛んでっちゃうんですから。チョコ百連発でも追いつけないほどの差ができてしまったのではないでしょうか。

ノンフィクション風味もあります

「チョコ編」には実在のバンドを模した登場人物が数多く登場します。賢三たちをライブデビューに導いた有狂天のケロ=有頂天のケラ、賢三たちが観に行ったどすこいGIG(なんだそりゃ)に出演する筋肉少年少女隊=筋肉少女帯念仏=(たぶん)木魚一生=(たぶん人生)大江戸世直しの士=新東京正義の士などなど。小説上のライブパフォーマンスは、おそらくそのバンドの実在するエピソードなんじゃないかと思いますね。大橋賢三が、著者である大槻ケンヂ氏の筋肉少女帯をモチーフにしたバンドのライブを見ている、という一種のメタ演出もおもしろいですよね。劇中、筋肉少年少女隊には結構辛辣で厳しい評価を下しています(笑)

筋肉少女帯的詞世界

それから、「チョコ編」は著者のバンドである筋肉少女帯の詞世界に近いエピソードいくつか登場します。自信を無くしてしまった賢三は、アルバム『ステーシーの美術』に収録されている「蜘蛛の糸」の世界観に似ていますし、山之上が持参した作詞は、そのまま同『ステーシーの美術』「鉄道少年の憩い」として発表されています。筋肉少女帯の楽曲と合わせて小説を読んでみれば、いろいろ発見があると思いますよ

最終章『パイン編』

美甘子を取り巻く芸能界と羽村の関係があるなかで、再び賢三と交わる日はくるのか?
ケロのGIGに参加するキャプテン・マンテル・ノーリターンのライブデビューはどうなるか?
果たして賢三は復活するのか?ダメなやつはダメなままなのだろうか?!

先行する美甘子、追う賢三という構図が変化するかどうか、目が離せませんね!

次回書評を乞うご期待!

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