現在の日本プロレス界において、新日本プロレスとスターダム有するブシロードグループに規模で対抗できるのは、間違いなくサイバーファイトグループでしょう。
その中核を成すのはプロレスリング・ノアとDDT(ドラマチック・ドリーム・チーム)。
そして、そのサイバーファイトの社長は高木規。そう、DDTの創始者・高木三四郎その人です。
え!いつの間にDDTってそんなデカイ会社になったんだ!?
盛り上がっているインディー団体、という印象でしかなかったのですが、いつの間にやら日本プロレス界の片棒を担ぐ巨大企業になっていました。
本書『俺たち文化系プロレスDDT』は、創始者・高木三四郎のDDTが、どのようにして興り、既存プロレス団体のカウンターカルチャーになっていたかを書下ろした自伝的エッセイです。
高木三四郎とは何者か?DDTのプロレスは一般のプロレスと何が違うのか?ご存じない方は多いのではないでしょうか?
こんな人にオススメ
- プロレス業界のインディー事情に興味がある方
- プロレスは格闘技だと思っている方
- プロレス中級者~スレたプロレスファンの方
高木三四郎の経歴
本書は、著者の高木三四郎がどのようにしてプロレス業界に関わることになったか、またなぜDDTプロレスを興していくことになったかの流れがとても面白い!
元々、著者は学生時代にサークル活動で様々なイベントの仕掛人(いわゆるバブリーなイベンター)として活躍していて、まあ平たくいうとオールナイトクラブイベントを主催したり、学生ネーチャンをテレビ局に派遣したり、というイベント業で業界ではかなり有名人だったようですね。メディア全般(出版やテレビ業界)にもかなり顔が利いていたようです。
ひょんなことから、倉庫を常設会場に持つ屋台村プロレス(プロレス団体というよりはプロレス集団)を手伝うことになり、プロモート業(プロレス興行を企画する)傍らで、学生時代の人脈を生かし、クラブでのプロレスやビアガーデンプロレスを成功させていきます。
もともとはプロデューサーの役割で裏方スタッフでしたが、純粋に”リングに上がってみたい”と思い、プロレスデビュー。屋台村プロレスの創始者、高野拳磁と仲違いし、紆余曲折を経てDDTを旗揚げします。(DDTはプロレス技の名前でもあり、ドラマチック・ドリーム・チームの略称として命名されました)
当初は高木三四郎含む若手が、ガチで強い選手に挑んでいく構図がしばらく続いていたようです。私にとってはこれは意外なことで、当初からエンタメプロレスをやっていた団体だと思い込んでいました。やられても立ち向かう旧式のプロレスを見せる中で、新日本プロレスや全日本プロレスなどのメジャー団体にできないこと(例えばプレ旗揚げ戦で”旗揚げすべきか?”アンケートを取ったり、つまんなかったらお金を返す払い戻し興行があったり)で、DDTらしさを模索していったようです。
DDTのエンタメ化
当時のプロレス界は、最強を謳った高田延彦がヒクソン・グレイシーに敗れ、プロレス=格闘技への幻想が崩れ始めた時代。かたや、海の向こうではWWF(現・WWE)ではアティチュード路線といストーンコールドやロックが活躍するエンターテインメントプロレスが大ブームを起こしていました。著者はこのエンターテインメント路線を日本で再現しようと動き始めます。
かつての人脈を活かし、映像班(いわゆる会場モニターで流れる、スキットと呼ばれる映像劇)を製作できるルートを確保し、WWF化の現実味が帯びてきます。当初のエンタメアングルは、ネオ・レディースという女子プロレス団体と業務提携するものの、その代表がネオDDT軍として選手を金で買収していくというストーリーでした。いかにもWWFで起きそうなことですが、買収を仕掛けるネオDDTとDDT本隊との抗争がしばらく続きます。
フェイクとリアルの狭間で
そんなとき、ストーリーラインにないガチの事件が発生。台本を無視した行動を起こす選手がネオDDT軍に金で買収される!(というストーリー)を拒んだマスクマンが、急にマスクを脱いでマイクアピールを始めたのです。これがお前のやりたいプロレスなのか?!とガチギレ。(この選手は前述のガチで強い選手。プロレスとは強さだという価値観の持ち主だったんでしょう…)
せっかく用意したストーリーが台無し。しかし、高木三四郎はこれをもDDTのプロレスに昇華させます。ネオDDT軍が、キレた選手に”試合に出場して下さい”という懇願する場面を映像化し、試合前のスキットとして上映したのです。結果、会場は大爆笑で大ウケだったとのこと。
ガチギレしたことはリアルで、プロレスを逸脱した予期せぬアクシデントではあります。ですが、そのリアルな出来事をプロレスというフェイクで包括し成立させる。プロレスは作り物だと揶揄されますが、選手やスタッフはいつだってリアル。プロレスラーは命を懸けてリングに上がっているのです。
男色ディーノ、ポイズン澤田、メカマミー、そしてマッスル
ネオDDT対DDT本体からエンタメ路線が始まるとともに、どんどんDDTが胡散臭くなってきます。もともと、高木三四郎はプロレスの胡散臭さが好きだったようで、誰やねん的なレスラーが多数登場することになりました。そして、強さを追求しない、興行として観客の満足感を高める力があるレスラーが登用され始めます。
学生プロレス出身の男色ディーノが好例で、ゲイレスラーを公言しており、非常に自頭が良くプロレス脳に長けています。のちに新日本プロレスに登場し、まさにファンタジーを体現しました。
また、胡散臭さの好例はポイズン澤田。もともとは新日本プロレスの練習生でしたが、インディー団体で毒マムシデスマッチをやっていた選手がDDTに参戦することになりました。毒マムシだから”ポイズン”というリングネームが付き、その後は”澤田だから”とジュリーが付き、”ジュリーだから魔界転生”…というわけで蛇にモジって蛇界転生というギミックを得ます。
呪文を唱えると相手の動きが止まるという特殊能力付き。そのファンタジープロレスと、新日本プロレス時代の同期であるMr.BDこと後藤達俊がリング上で邂逅を果たし、呪文が通じるか…という試合は、DDTエンタメ路線のハイライトでしょう。
怪奇派レスラーであるマミー(全身包帯だらけのミイラ男)をメカマミーと機械化し登場。獣神化などを経て、ついにはストロングスタイルの鈴木みのるとも遭遇。胡散臭いギミックレスラーと強さの象徴がDDTのリングで交差しました。
それから、元々DDTの映像班として活躍していた坂井氏がマッスル坂井としてレスラーになり、プロレスを”戦い”から切り離し、演劇化させていきます。映像を多用し途中で中断するような試合や、試合中にスローモーションになるなど、従来のプロレスから逸脱した興行「マッスル」がヒットします。
あと、DDTのエンタメ・胡散臭さの最たるものはヨシヒコ選手の存在でしょう…(ファンタジーを守り、深入りしないでおきます)
あくまで、プロレスを強さの指標で競うのではなく、興行の内容で魅せるプロレス。観客が満足して帰ってもらうために、弱小・後発である自分たちができることは?と考えた末、文化系プロレスと呼ばれるようになったのでしょう。
それから、近年は一般社会では多様な人材を活用するダイバーシティという発想が定着しましたが、間違いなくDDTはダイバーシティプロレスと言えるでしょう。男子も女子もゲイも、いろんなバックボーンがあるキャリアのレスラーが登場していますからね。
では、現在のDDTは
本書が書かれたのは2008年。この後、飯伏幸太やケニー・オメガが登場し、競技としてのプロレスで通用する選手が登場します。定例の両国国技館大会を開催し、サイバーエージェントの系列会社であるサイバーファイトグループになってから、確実に規模は大きくなっていますが、本書で書かれているような文化系プロレスの色合いは薄くなっている気がします。近年はRIRICOのプロレスデビューなどがありましたが、少しハッスル的な要素を感じます。
また、DDTは首都圏には強いが地方が弱い(要は集客力がない)とよく聞きます。首都圏の方がプロレスを受け入れる文化レベルが高く、エンタメを受け入れる土壌があるとも取れますが、DDTの急成長と高木三四郎の人脈が密接にリンクしていたことから、単に高木三四郎のメディア人脈が地方には及ばないだけなのかもしれません。
DDTはレッスルユニバースという自社配信サービスがありますので、本来は世界中のどこでもDDTファンがいてもよいのですが、もしかすると、文化的な選民思想が強いファンに支えられているのかもしれません。この辺りは、私も未知ですので、追ってDDTのビッグマッチがあれば観戦し、まだDDTの魅力である”胡散臭さ”が残っているのかを直に確認してみます!
おまけ
古本屋で購入したらサイン本でした。プロレス古本あるあるです。
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