『平成プロレス 30の事件簿』
プロレスは「底が丸見えの底なし沼」。タネがわかっているインチキの世界だ、という輩が多い分野ではありますが、どっこい覗いてみると深い深い闇が広がっていて、そこにプロレス者たちはどっぷりハマっていく。
だからこそ、プロレスの”事件”にはリアルがあって、ロマンがある。
本書は平成の時代に起きた、プロレス界の代表的な事件をまとめた1冊です。
どこにでもある、平成プロレス界を振り返る本ではない
私はこの本の存在は知っていたのですが、どうせ平成プロレスの代表的な事件をまとめただけの本なんだろう、と思っていました。だったら大体のことは知っているから、読まなくてもいいかな、と。
しかし、読んでみると本書の構成はちょっと独特。平成プロレス界の有名な事件を紹介する本ではありますが、切り口がとても面白い。プロレス界にはあまたの名台詞が存在しますが、本書はその名台詞を使わずに、その事件にまつわる印象的でちょっとマイナーなフレーズやセリフで紹介しています。
また、冒頭の書き出しから、ずいぶんと遠回りをして事件の全体像と捉えたり、核心に迫ろうとしています。
そういう意味では十把一絡げのプロレス事件本ではありません。
10.9戦前の高田延彦のコメント
例えば、もはや伝説的な興行となった「激突!!新日本プロレス対UWFインターナショナル全面戦争」。プロレスマニアには釈迦に説法、言わずもがなの両団体の対抗戦。犬猿の仲であった、新日本プロレスとUWFインターナショナルの金銭的な思惑(新日本プロレスは北朝鮮興行の大赤字を埋めるため、UWFインターナショナルは興行不振から金に困っていた)が一致して開催されることになった、プロレス史に残る団体対抗戦です。
本興行の名台詞としては、長州力の「キレちゃいないよ」(キレてないですよの元ネタ)、佐々木健介の「正直ポカした」などが挙げられますが、本書では高田延彦の戦前のコメントが引用され紹介されています。
「ムーンサルト?良ければいい。俺がトップロープも上がるのは、武藤をKOして勝どきを上げる時」
1995年10月2日の高田延彦コメント
ご存じの通り、ムーンサルトとは武藤敬司の必殺技であるムーンサルトプレス。トップロープに上って、ダウンしている相手をめがけて、宙返りをして体を浴びせる飛び技。対する高田延彦は、当時プロレスの中でも格闘技色の強い、打撃・投げ・関節技などを多用するUWFスタイル。おおかた、サーカスのように敵を背にして空中を舞う飛び技を否定したかったのでしょう。
結末は、武藤の”ただの”足四の字固め。高田は古典的なプロレス技に破り、両団体の大将戦は終わりまいした。武藤はこれを機に、ドラゴンスクリュー→足四の字固めを足攻めフルコースとして新たな必殺技にしていくことになり、対する高田は翌年UWFインターナショナルを解散し、ヒクソン・グレイシー戦への準備に取り掛かることになります。
戦前の強気な高田延彦のコメントを引用することで、プロレス技に屈した結果が、より強いコントラストで強調されるエピソードになっています。
本題からやや遠い書き出し
また、本章の冒頭の書き出しはこんな具合です。
そのチケットの価格は、500円だった。4種類ある。
下方に、こう掲示してある。
『全4種セット500円』(4枚セットで500円?随分安いな)
”チケットの安い大会”というのはままある。例えばこれを公式の売り場で売っていた新日本プロレスでは、1994年2月24日の武道館大会の全席種を、通常の半額に設定(特別リングサイドが5000円等)。古くは、1987年1月14日、藤波VS木村健悟のワンマッチ興行(後楽園ホール)が全席自由席で2000円で売られたこともある。1995年4月29日、30日、北朝鮮で行われた「平和の祭典」では、2日間で計38万人も動員しながら、かの国らしく、まさにそれはただの”動員”で、ゲート収入はゼロだったなんてこともあった。しかし、それにしても安い。もちろん、チケットだから、日付、会場名、大会名が明記してある。さらに、メインを戦う2人の顔写真まで掲載されている。武藤敬司高田延彦だ。
(…?)
そして、もちろん、こう書いてあった。日付は、まさにこのチケットが売られた当日のそれである。
『1995年10月9日 東京ドーム 新日本VSUWFインター全面戦争』
このチケットは当日発売されたレプリカのようですが、かなり本論に遠いエピソードから核心に迫っていきます。紹介されているセリフとともに、今までのプロレス事件本とは異なる角度で紹介されているので、事件をより立体的に捉えることができるのではないでしょうか。
ただし、前提としてこれらの事件を知っている人が、さらに知識や考察を深めるためのアプローチであり、従来とは違った角度での論評といった具合。そのため、本書で紹介されている事件をあまりご存じない方は、理解が追い付かないのでは?と思います。
30の事件簿
本書で紹介されている事件を書きにまとめておきますね。
- 平成元年(1989年)新日本プロレス、初の東京ドーム大会開催
- 平成元年(1989年)アントニオ猪木、参議院選挙当選
- 平成2年(1990年)新日本プロレス東京ドーム大会に全日本プロレス参戦
- 平成2年(1990年)三沢光晴、タイガーマスクを脱ぐ
- 平成2年(1990年)天龍源一郎、SWS参加
- 平成2年(1990年)大仁田厚、有刺鉄線電流爆破マッチ開始
- 平成3年(1991年)UWF3派分裂
- 平成3年(1991年)天龍源一郎、SWS参加
- 平成3年(1991年)新日本プロレス、「G1 CLIMAX」開催
- 平成6年(1994年)ジュニアヘビー・オールスター「SUPER J-CUP」スタート
- 平成7年(1995年)新日本プロレス対UWFインターナショナル全面戦争勃発
- 平成9年(1997年)nwo JAPAN活動開始
- 平成9年(1997年)『PRIDE1』高田延彦VSヒクソン・グレイシー戦
- 平成10年(1998年)アントニオ猪木、引退
- 平成11年(1999年)小川直也vs橋本真也”1.4事変”
- 平成11年(1999年)ジャイアント馬場、死去
- 平成11年(1999年)前田日明、引退
- 平成12年(2000年)ジャンボ鶴田、死去
- 平成12年(2000年)三沢光晴、『NOAH』旗揚げ
- 平成14年(2002年)武藤敬司、全日本に移籍
- 平成15年(2003年)長州力、『WJ』旗揚げ
- 平成16年(2004年)エンターテインメントプロレス、『ハッスル』誕生
- 平成17年(2005年)橋本真也、死去
- 平成17年(2005年)新日本プロレス、ユークスの子会社に
- 平成21年(2009年)三沢光晴、死去
- 平成23年(2011年)オールスター戦「ALL TOGETHER」開催
- 平成24年(2012年)新日本プロレス、ブシロードの子会社に
- 平成25年(2013年)小橋建太、引退
- 平成27年(2015年)天龍源一郎、引退
- 平成29年(2017年)高山善廣、頸髄完全損傷
- 平成30年(2019年)中邑真輔、レッスルマニアでWWE王座に挑戦
死去や引退が多い気もしますが…特にこの10年は”事件”が少なく、プロレスマニアにはちょっと残念。その分、どのプロレス団体もリング内のクオリティは格段に上がっていて高いレベルを維持していると思います。
活字プロレスか、シュート活字か
私は、プロレス本は大きく分けて2種類に大別されると思っています。
一つは、プロレス本の中でプロレスを報じる活字プロレス。かつての週刊プロレスはプロレスの試合を見るより、誌面のプロレスリポートの方が面白いと言われた時代がありましたが、要はプロレスというジャンルを疑いなく報道するプロレス本。週刊プロレスや東スポがそれにあたりますが、大本営発表などど揶揄されることもあります。
一方は、プロレスで起きることの多くは作り物であるという推測を前提に、その中から試合・選手・会社や世間の事情など、周辺のリアルな状況からプロレスを読み解いていくプロレス本。少し古い言葉ですが、その手法をシュート活字と表現した方がいました。(シュートとは、プロレスではなくガチンコと捉えて下さい)プロレスという曖昧模糊なジャンルを、活字を使ってシュートを仕掛けようというものです。
私は、ある程度プロレスのことはよく理解しているつもり。だけれども、その”つもり”の部分が我々素人にはまったくわからない部分でもあります。それが、底が丸見えの底なし沼たる所以。プロレスファンである以上、その”つもり”の部分の探求は一生続くんだろうなあ、と感じています。
これからも、シュート活字本を追い求め、少しでも真実に近づき事件の輪郭をはっきりさせていきたいですね。
さいごに
本書は、シュート度は抑えつも、単に活字プロレスに終始することなく、その事件当時の裏事情などにも触れられています。ですので、マニアやスレたファンの方にもきっと新たな発見があるはずの1冊だと思います。
ページ数的にもかなりボリュームがありますし、先に紹介しましたコンテンツの通り、平成プロレスを総括することにより、昭和の終わりと新時代の幕開けを感じていただけることこの上なし!です。
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